追想の越前路

榎元 聖二さん

今年で3回目の開催、自分の挑戦も3回目となる、すでに自分の年中行事のような大会となった東尋坊マラニックです。

複数ある東尋坊伝説のひとつ、三角関係の果てに謀殺されてしまった東尋坊という名の僧の悲劇、その発端になった愛というものにスポットを当て、愛というものに思いをはせながら新緑の越前路を楽しもうという、ちょっと風変わりな大会です。

「愛」がテーマ、具体的には、ランナーに二つのイベントが用意されています。

ひとつは、愛のメッセージを書き、それを風船につけて、「愛してるよ~」と叫びながら飛ばすスタート時の「儀式」。
そしてもうひとつは、要項には書かれてないのだけれど、フィニッシュ後に鐘を鳴らして、そこにいる人々の前で愛を叫ぶというちょっと照れる二つの「儀式」です。

僕はと言えば、実は昨年までの2回のスタート時は、風船は飛ばしたもののメッセージはつけていませんでしたし、「愛してるよ~」も、照れくさくてモゴモゴと口の中でつぶやいただけでした。

ですが、今年は違いました。
僕にとって「福井の相棒」とも言える福井市在住の女性が、マラニックの一ヶ月前に他界したからです。

あるネット上のランニングチームに所属していた彼女は、走ることが大好きでした。周りのラン仲間のアドバイスで走力をどんどん伸ばし、人生で初めて走ったフルマラソンで4時間1分台の立派な記録を出しました。次のフルマラソンでは確実に4時間を切って走れるだろうと、練習にもますます力が入って、さらに走力を伸ばそうとしていたそのときに病気が見つかってしまいました。肝細胞癌でした。
2011年の1月に手術をし、それが成功して完治が期待されましたが、同年12月に肺転移が見つかり、その後は肺での再発と治療の繰り返しとなりました。

僕が彼女と知り合ったのは、最初の肺転移手術の前後でした。

胸腔鏡手術の技術の進歩により、肺の手術は、体への負担が比較的小さいものではありましたが、それでも度重なる治療のたびに少しずつ彼女の肺の能力は損なわれていきました。
ランが大好きな彼女は、それでもいつかスピードランナーとして復活することを目指し、治療に真面目に取り組む一方、医師のアドバイスも受けながらランにも一生懸命に取り組みました。
再発後も病気と戦いながら、2012年の東京、いびがわ、奈良、2013年の能登和倉と、およそ1年ほどの間にフルマラソンを4回も完走したのでした。

しかし、鍛えられた彼女の体力にも限界があり、2013年3月の手術の後は、肺機能が大きく損なわれ、とうとうほとんど走れなくなってしまいました。 大好きだったランができなくなることは、どんなに辛かったことでしょうか。そして自分の病状の先行きをどんなに不安に感じていたことでしょうか。

でも、そんな様子はおくびにも出さず、福井市近郊で行われるレースがあると、彼女は必ず仲間の応援にかけつけていました。

第1回東尋坊マラニックのときも、もちろん来てくれていました。僕だけを応援しに来たわけではなく、何人かの知り合いが参加していたということでしたが、気温が30℃を超えるような厳しい気象条件となってしまい、他の知り合い全員が中間点までにリタイアしてしまったので、最後は僕ばかりを応援することになってしまいました。
第2回は大雨にみまわれたのと、もともと参加者自体が少なかったので、最後はまた僕だけの応援になってしまいました。

「103kmも走るなんて尋常じゃないよ。エノさんはバカだねぇ…」
彼女は微笑みながらそんなことを言い、それでも、コースの各所に車で先回りしては精一杯、エールを送ってくれました。
そんな真心のこもった応援に感謝して、ささやかながら、僕は彼女に完走メダルをプレゼントしました。第1回も、第2回もです。
息子さんの話では、彼女の部屋には、今でも2個のハート型のメダルが飾られているそうです。

第3回の東尋坊マラニックを僕がエントリーしたのは、2月に入ってからでした。彼女が何度目かの入院をしていた頃です。
「メダル、3個目もまたもらってくれる?」と聞くと、
「うん、欲しい」と言ってくれました。
「じゃあ、体調が良かったらまた応援してね。がんばって走るよ」
「うん、必ず行くね」と彼女は約束してくれ、僕はエントリー手続きを済ませました。

そのときの彼女の病状は、完治を目指す治療というものがすでに終了しており、大きな苦痛を伴う症状が現れたら、それを緩和するという段階へと進んでいました。つまり、現代医学ではもう治せないところまで進んでいたのです。しかし、それまで医師の予想を何度も良い方向に外してきた彼女ですから、僕は彼女が奇跡を起こしてくれることを期待していました。だから、少しでも励みになるようにと、たくさんの約束をしました。
「春になったら山登りをしよう。夏になったら海に行こう! 秋はいびがわマラソンで走って、冬は能登和倉マラソンで牡蠣を食べよう!」
半年、1年先の楽しい予定をいくつもいくつも立て、いっしょに行く約束をしました。

しかし奇跡は起きず、僕のエントリーからおよそ2ヶ月後の4月17日深夜、彼女は天国へと旅立ちました。福井市ではようやく春爛漫、散り始めた桜の花吹雪が美しく舞う時でした。

福井の美しい自然、興味深い史跡、個性的なお店、美味しい食べ物、方言。その他、福井のいろいろなものを教えてくれた彼女。そしてそれらの全てをともに楽しむことができた彼女は、本当に素晴らしくかけがえのない「福井の相棒」でした。
知り合ってからおよそ2年の間に、たくさんの宝物を彼女は僕にくれました。しかし、その宝物に対して、僕はどれだけお返しができたのでしょうか?
気付いてみればもらうばかりで、全然お返しができていなかったのでした。

だからせめて「がんばって走る」とあの日約束をした東尋坊マラニックは、過去2回よりも良い走りをしたいと思いました。それがささやかなお返しになるかも知れないと考えました。
そう思って気付けば、彼女が逝ったのは4月17日、東尋坊マラニックは5月17日。奇しくも彼女の最初の月命日なのです。しかもこの大会のテーマは「愛」。
いろんな状況が、まるで何かに仕組まれたかのように、真剣に走れと僕に向かって叫んでいるようでした。

約束をしたのだから、彼女は当日きっと応援に来てくれる。きっとどこからか見ていてくれる。だから、いつ見られてもいいように、スタートからフィニッシュまで、どの瞬間もゆるむことなくがんばって走り続けたい。大会本番にそんな走りができるような練習をしよう。
考えることはそれだけ。直前1ヶ月は、これまでにないハードな練習ができました。

そして大会当日を迎えました。
午前4時前に起床したその日、真心を込めて感謝のメッセージを書きました。
「ゆきえちゃん、2年間ありがとう。たくさんの宝物をもらったよ。大切にするね」

東尋坊マラニックのスタートは午前5時。
夜明けの東尋坊にたくさんの「愛してるよー」の声が響き渡りました。僕もメッセージを付けた赤い風船を空に放し、思い切り「愛してるよーー!」と叫びスタートしました。今年ばかりは叫ぶことに照れなどみじんもありませんでした。

スタートからフィニッシュまで、コースを走っていた時間は、彼女を追想する時間でもありました。一昨年はこのあたりで車を止めて応援してくれてたとか、昨年はこのあたりで飲み物をもらったとか、過去の彼女と何度も再会する9時間余でした。

残念ながら、多少は失速しました。そして80kmを過ぎてからはちょっと脚がつりそうにもなりました。しかし、疲れや痛みで立ち止まるようなことは一度もなく全行程を走りきり、フィニッシュゲートを無事くぐることができました。

そしてフィニッシュ後の儀式です。鐘を鳴らし、ここでも照れることなく叫ぶことができました。
「ゆきえちゃん、オレがんばったよー!! 見てたかー?」

タイムは自己ベストで、順位もトップという結果は、僕の実力からすれば出来過ぎなくらいです。
何もかもがうまく運び、実力以上の走りができたと思います。だからこそ、やはりあれは自分だけの力では成し得なかったことだったろうと今も思っています。

その日の福井平野はよく晴れ、平泉寺からの復路で振り返ったときは、彼女が好きだった白山がとても美しく見えました。もしかしたら、彼女はあの山の山頂あたりにいて、そこからはるばる声援を送ってくれていたのかも知れません。ふと振り返ったのも、今思えばそんな彼女の気配を感じたからだったかも知れません。

彼女が僕の隣を併走していた瞬間もきっとあったはずです。彼女の声がどこからか聞こえてきたような気がしました。
「また103kmも走って…、エノさんは相変わらずバカだね…」
その日も彼女は微笑み、そんなことを言いながら、応援やサポートをしてくれていたに違いないのです。

どうやら僕はまた、彼女から宝物をもらってしまったようです。

彼女が目の前に現れたなら「今年も応援ありがとう」そう言って完走メダルを首にかけてあげたい。
そう考えると少しだけ不本意ながら、3個目の完走メダルは、今僕の部屋に飾ってあります。そのメダルを見るたび、あの日の越前路がよみがえります。

東尋坊マラニック、とても魅力的な大会です。コースの景観は素晴らしいし、エイドの食べ物も盛りだくさん。そして何と言っても、「愛」がテーマの大会にふさわしく、エイドにも愛が満ちあふれています。どこのエイドもおもてなしが温かく、全てのランナーは、全てのエイドで大歓迎されます。今年初登場した応援隊のチョコぷりんちゃんたちも、フレンドリーな笑顔で、移動しながらいろいろな場所で何度も声援を送ってくれました。
心に残る素晴らしい一日をありがとうございました。

そんなこんなで、つらくてもまた走りたい! そう思える素敵な大会です。
きっとまたあの越前路を走るだろうと思います。
バカだとまた誰かに言われるかも知れませんが…。